催眠都市短編小説
−刃金の章−
僕たちはこのサナトリウムから出れない。
僕たちはこのサナトリウムの外で生きていくことが出来ない。
20世紀後期日本。長野県の信州山麓と呼ばれる地方に、ある「難病」の児童だけを集めたとされる療養所が立てられていた。とはいっても、実際には以前結核全盛期の時代に「人捨山」として忌み嫌われ、結核が死病でなくなったと共に廃棄された建物に申し訳程度の近代的改装を加え、ある種人界から隔離された子供達の収容所としたその建物は、かつて死にいった者たちの怨念をたたえているというよりこれから迎える者の生命をも食いつぶさんとする悪意に満ちているように見えたのは気のせいであることを祈ろう。
三戸(さんのへ)医師は、東北訛りの強く残る40程の、小児科を渡り歩いてきたキャリアであった。彼の朴訥な喋り方を子供達がからかいの対象にする事が却って警戒心を解かせる一因となり、結果としてそれなりの実績を築きあげ、この療養所に赴任の命を受けることになった。
一方看護婦の方は時折交替するが、現在はこれまた45を越えるベテランの墨田さんが院内の一式をとりしきっていた。大きな声と屈託のない笑顔は、子供達、まぁ「達」という程の人数の子供はいないのだが、東京の下町独特の性急な言葉と鷹揚な気性と合間って、最も人の気を滅入らせると言われる臨床設備の中でも最も絶望的といっても過言でないこの施設の中で、唯一子供達その傷つき安い精神の安堵となっていた。まぁ、過去という「逃げ場」に逃げ込めむ事の出来る大人ども(彼らの絶望に局面した時に見せるの考える「傷つきやすい」など、当の子供達の感じる現実に比べれば空想に過ぎない。
妖精の世界。「魔」。
人類の中で誰が、魔に対抗する手段というのがそれが、「物質に作用する力」いわゆる科学と呼ばれるそれそして「想像力」、要するに、通俗的に言う所の人類の発展というものに寄与してきた二つの力であると定義し、そしてもし全ての構成要素、動作因、ある理屈がそれによって引き起こす次の動作との関係、早い話が近代人が必要以上に自分から捕らわれにいきがちな論理という想像上の産物に合致した存在に人類の意志をこめる事により、「魔」つまり妖精王と妖精達の非論理的な力に対抗しようなどと考えたのか。
鉄器時代たる20世紀後半物質至上主義を少し越えた場所に存在する、情報崇拝世界。
古代の詩人が言った、「金の時代」「銀の時代」に続く「鉛の時代」に刃金は生み出された。
もう11年も前のことになるが、三戸医師は明らかに左遷ととれる(第一、長野の山奥で給料など貰っても使い道がある筈がない)児童療養所への任命について説明を受けた。簡単な、重症の(施設を出る見込みのない)患者を対象にした施設に関してはどこも(「どこも」といえるほど、収容されたままで終わる子供たちを三戸医師は見てきた)大差ないお決まりの説明を受けた後、三戸医師は重大な事実を聞かされた。
彼にとって守秘義務を交わさずとも、他人に話す気にもならない馬鹿げた絵空事だった。
「彼らにコンピューターを与えて欲しい。
三戸「パソコンですが(か)?」
「厚生省からの通達だ。君もゲームくらいした事はあるだろう。彼らにあるキャラクターを創造して貰う。あの療養所…ま行けば君も分かるだろうが、外界からの刺激を極端なまでに遮断してある。収容された子供たちは、独特の身体欠陥によりこの世界以外からの影響を受けやすい。可哀想な事だが…
その身を通じて、この世界以外への…まぁ、スパイとでも言うべきか、我々の味方をしてもらう訳だ。子供達の想像力がどれ程かは君がよく分かっているだろう。時に通常の人間が現実を認識する力を超えていると思ったことはないかね。」
臨床の現場に携わらない人間が口にする「可哀想」を聞くと三戸医師は「しばれる」(東北で厳寒をこう呼ぶ)ように鳥肌が立つのを押さえきれなかった。加えて、産まれた時点で大人になることなく寿命を終える事が決まっている子供達を含まない、自分勝手な集合代名詞である「我々」も嫌いだった。数秒の沈黙後、三戸医師は絶叫した。
三戸「わげわがらねぇ!児童たちさ可哀想だ!」
「落ちつき給え。中国の古い言い伝えによれば、鏡の中は元々別の世界であったらしい。古代の皇帝が鏡の住人を打ち負かして以来、住人たちは強制的に人間の世界を左右逆に物真似させられている。しかし、その内彼らは人類の真似をしなくなる。やがて鏡の中から、武具のすれ合う音が聞こえて来るようになる。その後彼らは鏡の中から人間を攻め、滅ぼす、と。」
三戸「分がらねぇ!そんなの、北海道の人さコロボックルさ日本人の先祖さ言っでだのと同ず(じ)、非科学的です!」
「非科学的な例えは言っていない。要するに、人類の投影であれば、物質としての実態が備わってなくとも影響を与えるということだ。後は…子供たちに任せる。君は医師としての本分を尽くしてほしい。なおここで聞いた事は子供達には内緒にしてくれよ」
三戸医師の「納得行かない事は言わない」頑固さを知ってか知らずか、馬鹿げた説明はそこで打ち切られた。
岡本霊仁(おかもとれに)。物心ついたころからのすれた入院児。この見放された療養所には3歳の時から収容されている。
彼の単調な、検査・もう「日本昔話全集」を数十回1巻から10巻まで読み返した程の読書・テレビ観賞に明け暮れる毎日が、自然彼の想像力を数十倍に増幅させる。ただの想像のはずなのに、「はがね」は彼にとって存在した。幼少にて、すでに毎日がルーチンワークでしかない寂しい療養所の中でも彼に寂しさを感じさせないほど刃金は存在した。
ヒーロー刃金は彼の友達。刃金は彼。彼自身であって彼の外ではない。昨日は知らない遠くの外国の王子様、今日は深海を魚雷をぶっ放しながら突き進む潜水艦。
8歳の時に療養所にやってきた外丸籐谷(そとまるとうや)は、かすかに関西なまりがある内気な眼鏡を欠けた少年だった。幾分力関係は存在しつつも、岡本は外丸に一日中刃金のすばらしさ。
岡本「はがねはかっこいいんだぜ!
外丸「岡本クン…はがねなんて格好悪い。僕やったら違う名前にしますわ。」